初冬の澄み切った夜空に、ひときわ赤く不気味な輝きを放つ超巨星「赫耀(かくよう)」。その星は今、寿命の終わりに近づき、明滅を繰り返しながら宇宙の彼方で静かに佇んでいた。
山頂に建つ国立天文台の薄暗い観測室で、大学院生の青年・数馬(かずま)は、大型望遠鏡に接続された高解像度分光器のモニターを凝視していた。彼の研究テーマは、星の周囲を包む希薄な水素ガス星雲が放つ、あるいは吸収する特異な光のスペクトル分析であった。
「……星から放たれた連続光が、周囲の冷たい水素ガスを通過するとき、特定の波長の光だけが原子に吸収される。その結果、七色の虹のようなスペクトルの中に、何本もの鋭い黒い線――すなわち『吸収線(フラウンホーファー線)』が刻まれるんだ」
数馬は、コーヒーの温もりで冷えた指先を温めながら、ノートを開いた。画面に映し出されているのは、量子力学の黎明期にニールス・ボーアが提唱した「水素原子の量子モデル(ボーアの原子模型)」によって、見事に説明される離散的なエネルギーの世界の縮図であった。
数馬は、宇宙で最も単純な構造を持つ水素原子に注目した。 中心にある正の電荷を持った1個の原子核(陽子)の周りを、負の電荷を持った質量 m の1個の電子が、静電気力(クーロン力)を向心力として円運動している。量子力学の規則によると、この電子はどんな半径の軌道でも自由に回れるわけではなく、電子の物質波(ドブロイ波)が軌道上で過不足なくつながって定在波を作るという「量子化条件」を満たす特定の軌道(定常状態)にしか存在できない。
主量子数を n ( n=1,2,3,… の自然数)としたとき、それぞれの定常状態にある電子が持つ全エネルギー(運動エネルギーと静電気力による位置エネルギーの和) En は、次のような離散的な値として一意に決定される。
En=−n2E0
ここで E0 は、水素原子の基底状態(最もエネルギーが低い、安定した n=1 の状態)におけるエネルギーの絶対値を表す、正の一定な定数(リュードベリ・エネルギーに対応する量)である。主量子数 n が大きくなるほど、エネルギー準位 En は 0 に近づいて高くなっていき、電子は原子核からより離れた外側の軌道を回るようになる。
数馬がモニターで見つめていたのは、この水素原子が光(光子)を吸収して、低いエネルギー準位から高いエネルギー準位へとジャンプする「励起(れいき)」の瞬間であった。 量子力学の基本原理(アインシュタインの光量子仮説およびボーアの頻度条件)によると、光子はそれぞれ振動数 ν に比例したエネルギー E=hν を持っている。ここで h はプランク定数である。 原子の中の電子が、ある低いエネルギー準位 Ei の状態から、より高いエネルギー準位 Ef の状態へと遷移するとき、そのエネルギーの差分 ΔE=Ef−Ei と完全に一致するエネルギーを持った1個の光子だけを選択的に吸収する。すなわち、以下の関係式が厳密に成立する。
hν=Ef−Ei=(−f2E0)−(−i2E0)=E0(i21−f21)
数馬の観測台帳には、今回のターゲットである水素原子の特定の遷移データが記されていた。 「星雲内の水素原子の電子は、最初、下から2番目にエネルギーが低い状態、すなわち主量子数が i=2 の定常状態に置かれていた。そこに赫耀からの光波が差し込んだ瞬間、電子は特定の振動数 ν1 の光子を1個だけ吸収し、主量子数が f=4 の高い定常状態へと瞬時に遷移した」
数馬は、この吸光現象によって分光器のスクリーン上に刻まれた、マゼンタ色の領域に浮かぶ一本の明瞭な吸収線を見つめた。 彼は、この遷移を引き起こした光子のエネルギー Ephoton=hν1 が、基底状態のエネルギーの基準値である E0 の何倍の大きさにあたるのか、という点に知的な興味を抱いた。彼は、光子のエネルギーと定数 E0 の比を表す無次元量 X=E0hν1 を定義し、手元に揃った純粋な量子数の組み合わせから、その値を正確に導き出そうとした。
ドームの隙間から吹き込む夜風が、天体望遠鏡の巨体を静かに揺らしている。数馬は暗がりのなかで鉛筆を走らせ、ミクロな原子の内部で起きた電子の跳躍と、遥か何光年もの空間を旅してきた光子との間で交わされた、冷徹なエネルギーの対話をノートの上に確固たる数理として描き出していった。
さて、ここで問題である。主量子数 i=2 の状態にある水素原子の電子が、1個の光子を吸収して主量子数 f=4 の状態へと遷移した。このとき、吸収された光子のエネルギー hν1 と、定数 E0 の比を表す無次元量 X=E0hν1 を求めよ。ただし、求めるべき解答は、この無次元量 X の値をそのまま答えるのではなく、後述の【入力形式】に従って算出される純粋な自然数である。文章中に提示されたすべての量子論的な前提条件を正しく整理し、一意に定まる正解を導き出せ。
計算によって得られた、光子エネルギーの比率を表す無次元比 X=E0hν1 は既約分数 qp ( p,q は互いに素な自然数)として表すことができる。 このとき、値 W=p×q×16000 を計算し、得られる1000以上100万未満の自然数を答えよ。
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