太宰治の不朽の名作『走れメロス』の舞台として知られるシラクスの街は、今や歴史の表舞台から退き、地中海の穏やかな潮風に吹かれる静かな古都となっていた。しかし、その美しい砂浜が続く海岸線には、かつて友の命を救うために必死に走り抜けた若者の記憶が、奇妙な伝説と共に語り継がれている。
ある初夏の夕暮れ、地元の大学で理論物理学を専攻する青年・阿弖流(アテル)は、古い羊皮紙に記された奇妙な記述に目を留めていた。それは、メロスが邪智暴虐の王ディオニスの元へとひた走ったあの三日間の出来事を、当時の宮廷学者たちが密かに記録したとされる、物理的な観測データであった。
「……陽は既に西の地平線に没しようとしている。メロスは満身創痍でありながらも、超人的な意志の力によって、信じがたい速度へと加速していった。そのとき、彼の身体からは、まるで天空を割る雷鳴のごとき爆音――すなわち、音速を超える移動体のみが発生させる『ソニックブーム』が響き渡り、シラクスの城壁を震わせたという……」
阿弖流は思わず苦笑した。文学的な誇張表現であることは明白だが、もし仮に、人間の肉体が音速を超えるような極限状態において運動方程式に従うとしたら、一体どのような力学的ダイナミクスが展開されていたのだろうか。彼は手元にあったノートを開き、羊皮紙の記述を基に、厳密な物理モデルを構築し始めた。
阿弖流はまず、メロスが走ったシラクスの海岸線を、完全に水平で平坦な一直線の軌道(これを x 軸とする)としてモデル化した。メロスが街の境界を突破し、城郭へと向かう最後の直線ルートに突入した瞬間を時刻 t=0s とする。このとき、メロスは既に通常の人間の限界を遥かに超越した「一定の推進力(脚力)」 F を前方向( x 軸の正の向き)に生み出し続けていた。
しかし、速度が音速に近づき、さらにはそれを超える超音速領域へと突入する場合、空気から受ける抵抗力は通常の低速時のように速度に比例するような単純なものではなくなる。流体力学の極限的な近似モデルによると、音速を大きく超えて運動する物体が受ける空気抵抗の大きさ R は、その物体の速度の二乗に比例することが知られている。阿弖流はこの知見に基づき、メロスの質量を m、その速度を v としたとき、彼が受ける進行方向と逆向きの空気抵抗の大きさを R=kv2 と定義した。ここで k は、メロスの体型やその日のシラクスの空気密度によって決定される正の比例定数(空気抵抗係数)である。
羊皮紙の記録によると、メロスは時刻 t=0s の瞬間において、既にシラクスの通常音速 vs と全く同じ速さで x 軸の正の向きに疾走していた。つまり、初期条件として時刻 t=0s での速度は v(0)=vs である。メロスはこの状態から、さらに脚力を限界まで振り絞り、一定の力 F で前進を続けた。
阿弖流は、メロスの運動方程式を以下のように立式した。
mdtdv=F−kv2
このとき、もしメロスが無限に長い直線を走り続けたと仮定すると、やがて推進力 F と空気抵抗 kv2 が完全に釣り合い、加速度がゼロになる極限の速度(終端速度) v∞ に達するはずである。運動方程式において dtdv=0 と置くことで、この終端速度は v∞=kF と表される。
ここで、羊皮紙のさらに古い注釈に、王の宮廷数学者が残したとされる、力のバランスに関する決定的な観測値が記されているのを発見した。 「メロスが発する推進力 F の大きさは、彼が音速 vs で走行しているときに受ける空気抵抗の大きさ kvs2 の、ちょうど 925 倍に達していた」 この記述により、メロスの推進力 F と音速 vs の間には、 F=925kvs2 という非自明な関係が成り立っていることが判明した。これを終端速度の式に代入すると、メロスの理論上の終端速度 v∞ は、音速 vs を用いて次のように極めて美しく表現できる。
v∞=k925kvs2=35vs
すなわち、メロスは音速の 35 倍(マッハ 1.67 相当)という、驚異的な超音速の領域に向かって加速を続けていたことになる。彼が音速を超えて疾走するとき、彼の身体の後方には、音速で広がる球面波が重なり合うことによって円錐状の衝撃波面(マッハ円錐)が形成され、これがいわゆるソニックブームとして周囲に轟き渡っていたのだ。
阿弖流は、メロスがさらに加速し、理論上の終端速度 v∞ のちょうど 1113 倍の速さに達した「運命の瞬間」の時刻 t1 に興味を持った。しかし、高校物理基礎の範囲(難易度4)において、速度の二乗に比例する抵抗力を含む微分方程式を直接積分して時刻 t を求めることは、数学的範疇を大きく逸脱する。そこで阿弖流は、時刻そのものを求めるのではなく、その瞬間にメロスに生じていた「加速度」 a1 に注目することにした。
「運動方程式の美しさは、どの瞬間を切り取っても、その瞬間の力と加速度の関係が完全に一意に定まる点にある」
阿弖流は、メロスの速度が v1=1113vs に達した瞬間の加速度を a1 と置き、運動方程式から直接その値を導出することを試みた。また、比較基準として、メロスがまだ加速を始める前、すなわち時刻 t=0s において音速 vs で走っていた瞬間の初期加速度を a0 と置いた。
すべての条件は揃った。地中海の夕日が部屋の窓から差し込み、ノートの上に長い影を落とす中、阿弖流は静かにペンを走らせ、初期加速度 a0 と、特定の速度に達した瞬間の加速度 a1 の比を計算し始めた。文脈に隠された質量、力、定数の関係性を正確に抽出し、一見複雑に見える超音速の力学を、確固たる方程式の連続によって紐解いていく。
さて、ここで問題である。メロスが音速 vs で走行していた時刻 t=0s における初期加速度を a0 とし、彼の速度が v1=1113vs に達した瞬間の加速度を a1 とする。このとき、二つの加速度の比を表す無次元量 Z=a1a0 を求めよ。ただし、求めるべき解答は、この無次元量 Z の値をそのまま答えるのではなく、後述の【入力形式】に従って算出される自然数である。文章中に散りばめられたすべての前提条件を正しく整理し、一意に定まる正解を導き出せ。
計算によって得られた、加速度の比を表す無次元比 Z=a1a0 は、既約分数 qp ( p,q は互いに素な自然数)として表すことができる。 このとき、値 W=p×q×50000 を計算し、得られる自然数を答えよ。
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