港町の北端、切り立った断崖の頂上に、大正時代に建てられて以来、一度も灯を絶やしたことがないと謳われる無人灯台があった。いまや近代的なLED灯器に換装され、町の自動管理システムに組み込まれているが、その地下倉庫には、かつて人間が寝泊まりしてレンズを磨いていた頃の生活の痕跡が、今もひっそりと残されている。
地元の工業高等専門学校に通う青年・伊織(いおり)は、灯台の保守点検のアルバイトとして、数日ぶりにその地下倉庫の重い鉄扉を開けた。湿った潮の香りと、古い機械油の匂いが混ざり合った空気が鼻をくすぐる。彼の目的は、倉庫の隅に据え付けられた、かつて灯油の貯蔵用、あるいは気圧測定の基準器として使われていたという、肉厚の頑丈な鋳鉄製の円筒容器の点検であった。
「……この容器の壁面は、当時の職人が総力を挙げて鋳造したもので、非常に分厚く頑丈に作られている。外の寒気や熱を一切通さないよう、特殊な断熱材で何重にも覆われており、内部の気体は外界と熱をやり取りすることができない。まさに、教科書に出てくるような完璧な『断熱壁』だな」
伊織は、円筒容器に設置された真鍮製の古い圧力計と温度計を懐中電灯で照らした。 容器の内部には、漏洩することのないよう完全に密閉された状態で、質量 m の理想気体(空気)が閉じ込められていた。この容器の容積は V であり、内部の気体の体積は、この頑丈な鋳鉄の壁によって常に一定の値 V に保たれている。つまり、内部の気体が膨張して外部に仕事をしたり、逆に外部から仕事をされたりすることは構造上あり得ない。気体の体積が常に一定に保たれる「定積(定容)過程」の条件が、ここに完全に成立していた。
時計の針が午後九時を回ったとき、伊織は最初の定点観測を行った。 このときの容器内部の理想気体の絶対温度は T1 であり、圧力計が示す気体の圧力は P1 であった。伊織はこの数値を点検簿に素直に書き写した。
しかし、この灯台には一つ、自動化の際に取り付けられた風変わりな仕掛けがあった。 円筒容器の内部には、遠隔操作で動作する小さな電気抵抗(内部ヒーター)が設置されており、夜間の特定の時間帯だけ、外部の蓄電池から電力を供給されて発熱する仕組みになっていた。断熱壁によって外界との熱の出入りは完全に遮断されているが、この内部ヒーターが作動した場合、それは「外部の電源が、容器内部のヒーターを介して、気体に対して電気的な仕事をする」ことと同等であり、そのエネルギーはすべて気体の内部エネルギーの増加、すなわち温度の上昇へと変換される。
午後九時十五分、管理センターからの遠隔信号により、容器内部のヒーターが静かに作動を始めた。 ヒーターからは、一定の熱量(単位時間あたりの発熱量)が絶え間なく気体へと投入されていく。伊織は温度計の目盛りがゆっくりと、しかし確実に上昇していく様子をじっと見つめていた。ヒーターによる加熱はしばらく続けられ、気体が完全に一様な熱平衡状態を保ちながら、ある特定の温度 T2 に達した瞬間、タイマーによってヒーターの電流は自動的に遮断された。
伊織は、ヒーターが停止して再び状態が安定した後の温度計と圧力計を読み取った。 この終状態における理想気体の絶対温度は T2 であり、圧力計が示す圧力は P2 であった。 大正時代の職人が遺したこの頑丈な円筒容器の中では、体積を一定に保ったまま、電気的なエネルギーの投入によって、気体の状態が (P1,V,T1) から (P2,V,T2) へと、静かに変化を遂げたのである。
「気体の状態方程式は、どんなに古い部屋の片隅であっても、その普遍的な比例関係を崩すことはない」
伊織はノートを開き、この定積変化における最初と最後の状態の関係性を数式で表してみた。 理想気体の状態方程式 PV=nRT において、物質量 n 、気体定数 R 、そして体積 V がすべて一定であるならば、気体の圧力 P は絶対温度 T に完全に比例する。すなわち、シャルルの法則(定積変化の法則)より、初期状態と終状態の間には以下の極めてシンプルな関係が成り立つはずである。
T1P1=T2P2
伊織が興味を持ったのは、この一連の加熱プロセスにおいて、気体の圧力が初期値 P1 からどれほどの比率で上昇したか、という点であった。彼は、変化前後の圧力の比を表す無次元量 Y=P1P2 を定義し、手元の台帳に記された温度のデータから、その値を正確に算出しようとした。
地下倉庫の窓の外からは、満ち潮を迎えた荒波が断崖の岩肌に激しく打ち付ける音が、規則正しいリズムを刻みながら響いてくる。伊織は懐中電灯の光の下で鉛筆を走らせ、密閉された鉄の円筒の内部で起こった、熱と圧力の確固たる数理的対話をノートの上に描き出していった。
さて、ここで問題である。断熱壁で囲まれた一定の容積 V の容器内において、理想気体の絶対温度が T1 から T2 へと上昇した。この変化の前後における、気体の圧力の比を表す無次元量 Y=P1P2 を求めよ。ただし、求めるべき解答は、この無次元量 Y の値をそのまま答えるのではなく、後述の【入力形式】に従って算出される純粋な自然数である。文章中に提示された物理的な前提条件を正しく整理し、一意に定まる正解を導き出せ。
計算によって得られた、圧力の比を表す無次元比 Y=P1P2 は既約分数 qp ( p,q は互いに素な自然数)として表すことができる。 このとき、値 U=p×q×20000 を計算し、得られる自然数を答えよ。
解答するにはログインが必要です
ログイン