GWCS001 問題2
問題文
煙雨の港に響く汽笛と、老機関士の残された謎(物理文学)
問題文
五月も終わりに近づいたその街は、朝から乳白色の深い霧に包まれていた。海からの湿った風が坂道を這い上がり、歴史を刻んだ石造りの古い倉庫街を濡らしている。かつて東洋一の交易港として栄えたこの「烏羽港(うはこう)」も、今や近代的なコンテナターミナルにその座を奪われ、訪れる者とてない寂れた終着駅となっていた。
老機関士の佐治は、錆びついた油差しを片手に、彼が半世紀近くを共に過ごしてきた古典的な蒸気機関車「黒百合号」の動輪を見つめていた。黒百合号は、かつてこの港で荷役作業の主役を担った、質量 M の美しき鉄塊である。今日を最後に、この由緒ある臨港線も廃線となり、黒百合号は静かに博物館へと引き取られることが決まっていた。
「おい、佐治。そろそろ時間だ。最後の仕分け作業を始めよう」 若い操車係の蓮が、霧の向こうからカッパの擦れる音を響かせながらやってきた。蓮の持つ手灯りの鈍い光が、濡れたレールを頼りなげに照らしている。 「ああ、わかっている。だがな、蓮。この錆びついた線路には、ただの鉄の道以上の意味があったんだ。かつて俺の師匠だった頑固な老機関士が、引退する間際に俺にこう言った。『物理の法則は、どんなに時代が変わっても嘘をつかない。この港の歴史もまた、その冷徹な数式の中に刻まれている』とな。そして、一つの奇妙な問いを俺に残していったんだ」 佐治は遠い目をして、煙突から棚引く薄い煙を見上げた。
今日の最後の作業は、倉庫の奥深くに眠っていた、歴史的な価値を持つ2つの遺物を運ぶための貨車を連結することだった。 一つ目の貨車は、かつてこの街の豪商が世界中から集めた美術品を収めたとされる「第一倉庫」から引き出された、質量 m1 の無蓋貨車(貨車A)である。この貨車には、大正時代に作られた巨大な青銅製の街灯柱が載せられているという。 二つ目の貨車は、かつて造船所で使われていた特殊な鋼材が収められた「第二倉庫」から引き出された、質量 m2 の有蓋貨車(貨車B)である。どちらの貨車も、長年の放置によって車軸の油は枯れ果てているかに見えたが、事前の整備によって、幸いにもレールとの間の摩擦や空気の抵抗は、今日のこの湿気の中では完全に無視できるほど滑らかに転がることが確認されていた。
蓮は手帳を開き、運行管理室の古い台帳から書き写してきた数字を確認した。 「佐治さん、準備はいいかい。まず、黒百合号(機関車)を、直線レールの上で完全に停止した状態の貨車Aに向けて、一定の速さ v で直進させて連結する。連結器は自動的に噛み合う手はずだ。そして、貨車Aと一体となった黒百合号は、そのままの勢いで、さらにその先で静止している貨車Bへと衝突し、これとも完全に連結して一体となる。三者が一つの巨大な鉄の塊となって、この霧の向こうの終着点へと進むんだ」
佐治は、ボイラーの圧力を示す針が静かに揺れるのを見つめながら、師匠の言葉を思い出していた。 「蓮、師匠が遺したメモにはな、こう書かれていたんだ。 『最初の連結の直後、すなわち機関車と貨車Aが一体となった直後の速度を v1 とする。そして、二度目の連結の直後、すなわち機関車、貨車A、貨車Bの三者がすべて一体となった直後の速度を v2 とする。このとき、速度の比 v2v1 の値を計算せよ。ただし、すべての連結は極めて短い時間で行われ、衝突の前後で系に働く外力の影響は無視できるものとする。また、連結時に熱や音として失われるエネルギーはあるが、質量に変化は生じない。』 どうだ蓮、お前ならこの師匠の謎が解けるか?」
蓮は苦笑した。 「佐治さん、今は感傷に浸っている時間はありませんよ。早くレバーを引いてください。ダイヤが遅れてしまいます」 佐治は小さく頷き、加減弁のレバーをゆっくりと手前に引いた。蒸気がシリンダーを満たし、黒百合号は重々しい排気音を響かせながら、ゆっくりと動き出した。シュッシュッという規則正しい音が、霧に包まれた港町に吸い込まれていく。
最初の連結点。黒百合号は一定の速さ v を保ったまま、静止していた貨車Aへと接近した。金属同士が激しくぶつかり合う「ガチャン!」という重厚な音が響き渡り、火花が散った。連結は見事に成功し、黒百合号と貨車Aは一体となって、速度 v1 で進み続けた。
続いて第二の連結点。その先には、静かに牙を剥くように佇む貨車Bが待っていた。再び、先ほどよりもさらに大きな「ゴトアン!」という衝撃音が、古い倉庫の壁に反響した。すべての車両は一つになり、速度 v2 で霧の彼方へと消えていく。
全ての作業が終わり、烏羽港の臨港線はその歴史に幕を閉じた。佐治と蓮は、静まり返った運転室で、師匠の遺したメモの数式を解き明かそうとしていた。
さて、ここで問題である。この最後の運行において、黒百合号(機関車)の質量 M、貨車Aの質量 m1、貨車Bの質量 m2 の関係が、ある特定の比率を満たしていたとする。老機関士の師匠が求めた、最初の連結直後の速度 v1 と、二度目の連結直後の速度 v2 の比の値を表す無次元量 X=v2v1 を求めよ。ただし、求めるべき解答は、この無次元量 X の値をそのまま答えるのではなく、後述の【入力形式】に従って算出される純粋な自然数である。霧の街の情景を思い浮かべながら、慎重に計算を遂行せよ。
制約
- 機関車の質量:M=4.80×104kg
- 貨車Aの質量:m1=1.20×104kg
- 貨車Bの質量:m2=2.00×104kg
- 機関車の最初の速さ:v=2.50m/s
入力形式
計算によって得られた、速度の比を表す無次元比 X=v2v1 は既約分数 qp ( p,q は互いに素な自然数)として表すことができる。 このとき、値 Y=p×q×10000 を計算し、得られる自然数を答えよ。
解説
解説
物理設定の整理と法則の適用
本問題は、直線上の複数物体による完全非弾性衝突(連結)に関する力学の問題です。問題文にある通り、レールとの摩擦や空気抵抗は無視できるため、水平方向には外力が働かず、衝突(連結)の前後で運動量保存則が成り立ちます。
登場する物体の質量は以下の通りです。
- 機関車(黒百合号)の質量: M
- 貨車Aの質量: m1
- 貨車Bの質量: m2
- 機関車の初速度: v
第1段階:機関車と貨車Aの連結
最初に、速さ v で進む質量 M の機関車が、静止している質量 m1 の貨車Aと連結します。連結直後の速度を v1 とすると、運動量保存則より以下の式が成り立ちます。
Mv=(M+m1)v1
これより、1度目の連結直後の速度 v1 は次のように表されます。
v1=M+m1Mv
第2段階:一体となった車両と貨車Bの連結
次に、速度 v1 で進む質量 (M+m1) の一体となった車両が、静止している質量 m2 の貨車Bと連結します。連結直後の全体の速度を v2 とすると、運動量保存則より以下の式が成り立ちます。
(M+m1)v1=(M+m1+m2)v2
ここで、左辺の (M+m1)v1 は、第1段階の運動量保存則の式から Mv に等しいことが分かります。したがって、以下のようにも書き直せます。
Mv=(M+m1+m2)v2
これより、2度目の連結直後の速度 v2 は次のように表されます。
v2=M+m1+m2Mv
速度の比 X の計算
問題文で要求されているのは、最初の連結直後の速度 v1 と、二度目の連結直後の速度 v2 の比 X=v2v1 です。上で求めた式を代入します。
X=v2v1=M+m1+m2MvM+m1Mv=M+m1M+m1+m2
この結果から、求める速度の比 X は、最初の機関車の速さ v や機関車の質量 M 単体には依存せず、各段階における全体の総質量の比によって決定されることが分かります。
数値の代入
制約欄に与えられた数値を代入します。
- M=4.80×104kg
- m1=1.20×104kg
- m2=2.00×104kg
これらを式に代入すると、共通の因数である 104 は分子分母で相殺されます。
X=4.80+1.204.80+1.20+2.00=6.008.00=68=34
したがって、速度の比は既約分数で X=34 となります。
入力形式への適合
得られた既約分数 34 より、互いに素な自然数は以下のように定まります。
- p=4
- q=3
入力形式に従い、値 Y を計算します。
Y=p×q×10000=4×3×10000=120000
最終に入力すべき自然数は 120000 です