GSO004 問題9
問題文
ホバークラフトとフーコーの振り子 〜球面上の幾何学的位相〜
問題文
半径 R の完全な球形の惑星がある。この惑星は、宇宙の絶対静止系に対して一定の角速度 ω で自転している。自転軸が惑星表面と交わる点のうち一つを北極 N と呼ぶ。
この惑星の表面を、表面に対して一定の速さ V で移動できるホバークラフトがある。ホバークラフト内には、理想的なフーコーの振り子が設置されている。ホバークラフトは、北極 N を出発し、以下の経路を順に辿って再び北極 N に戻る。
- 経度 0∘ の子午線に沿って南下し、赤道上の点 A に到達する。
- 点 A から赤道に沿って東(惑星の自転方向)へ移動し、経度 ϕ0 の点 B に到達する。
- 点 B から経度 ϕ0 の子午線に沿って北上し、北極 N に戻る。
ホバークラフトの床は常にその場所の水平面(惑星の中心からの動径方向に垂直な面)と平行に保たれている。また、移動による衝撃や方向転換が振り子の運動に及ぼす影響は無視でき、振り子の振動周期はホバークラフトの移動時間に比べて十分に短く、断熱不変性が保たれるものとする。
北極 N を出発する直前、振り子の振動面は、惑星に固定された座標系から見て「経度 0∘ の子午線に沿って南(点 A)へ向かう方向」に平行であった。 全経路の移動を終え、北極 N に帰還した直後の振り子の振動面は、帰還時点における経度 0∘ の子午線(惑星表面に固定された線)に対して角度 ΔΘ [rad] だけ回転していた。ここで、北極の真上から見て自転と同じ向き(反時計回り)を正の角度とする。
ΔΘ を求めよ。
制約
- 惑星の半径: R=π24×106 m
- 惑星の自転角速度: ω=16π×10−4 rad/s
- ホバークラフトの速さ: V=50 m/s
- 点 B の経度: ϕ0=65π rad
入力形式
ΔΘ は、互いに素な自然数 A,B と自然数 C を用いて以下の形で表される。
ΔΘ=BAπ−CA×B×C の値を求め、自然数で解答せよ。
解説
1. 問題の物理的背景
この問題は、フーコーの振り子における「自転による動的位相」と、曲面(球面)上を閉経路に沿って移動した際に生じる「幾何学的位相(Hannay角、あるいはLevi-Civita接続に伴うホロノミー)」の双方を厳密に計算する、大学教養レベルの物理数学を要求する問題です。 通常のフーコーの振り子は惑星上の固定点にありますが、本問のように球面上の異なる緯度・経度を移動する場合、振り子の振動面を記述するための局所的な座標基底そのものが空間的に回転(平行移動)するため、その影響を考慮する必要があります。
2. 局所座標系の設定と角速度ベクトル
惑星の中心を原点とする絶対静止系における球面座標を (R,θ,ϕ) とします。ここで θ は北極からの余緯度、ϕ は経度です。 惑星表面上の任意の点における局所正規直交基底を以下のように定義します。
- e^θ: 南向き(θ が増加する方向)
- e^ϕ: 東向き(ϕ が増加する方向)
- e^r: 鉛直上向き
惑星は自転しているため、絶対空間から見た惑星上の経度を Φ(t)=ϕ(t)+ωt と表せます。このとき、絶対空間における局所基底のベクトル表示は以下のようになります。
e^r=(sinθcosΦ,sinθsinΦ,cosθ) e^θ=(cosθcosΦ,cosθsinΦ,−sinθ) e^ϕ=(−sinΦ,cosΦ,0)ホバークラフトが移動し、かつ惑星が自転しているとき、この局所座標系は絶対空間に対して回転します。その回転の角速度ベクトル Ωframe は、基底の時間微分 e^˙i=Ωframe×e^i から求められます。 Φ の変化は鉛直軸(北極方向 k^)周りの回転、θ の変化は東向き軸(e^ϕ)周りの回転に対応するため、
Ωframe=Φ˙k^+θ˙e^ϕ=(ϕ˙+ω)k^+θ˙e^ϕここで k^=cosθe^r−sinθe^θ を代入すると、
Ωframe=−(ϕ˙+ω)sinθe^θ+θ˙e^ϕ+(ϕ˙+ω)cosθe^rとなります。
3. フーコーの振り子の運動方程式
ホバークラフト内の観測者から見た振り子には、重力や張力のほかに慣性力(特にコリオリの力)が働きます。振り子は水平面内(e^θ,e^ϕ 平面)で微小振動するため、振動面の回転に寄与するのはコリオリの力の水平成分、すなわち局所系の角速度ベクトル Ωframe の鉛直成分です。
Ωz=Ωframe⋅e^r=(ϕ˙+ω)cosθフーコーの振り子の振動面は、この角速度と逆向きに回転します。局所基底(e^θ から e^ϕ の方向、つまり南から東への反時計回り)に対する振動面の角度を α とすると、断熱近似のもとで次の方程式が成り立ちます。
α˙=−Ωz=−(ϕ˙+ω)cosθ4. 局所基底に対する振動面の回転角の積分
全移動時間を Ttotal として、α˙ を時間積分し、局所基底に対する回転角 Δα を求めます。
Δα=−∫0Ttotal(ϕ˙+ω)cosθdt=−∫cosθdϕ−∫ωcosθdt各経路に分けて計算します。
経路1:北極 N(θ=0) から赤道 A(θ=π/2) 経度 ϕ=0 で一定(dϕ=0)。速さ V は一定なので、θ(t)=RVt。移動時間は T1=2VπR。
Δα1=−∫0T1ωcos(RVt)dt=−VωR[sin(RVt)]02VπR=−VωR経路2:赤道上 点 A から 点 B(ϕ=0→ϕ0) 余緯度 θ=π/2 で一定。cos(π/2)=0 なので、被積分関数が常に 0 となります。
Δα2=0経路3:赤道 B(θ=π/2) から北極 N(θ=0) 経度 ϕ=ϕ0 で一定(dϕ=0)。θ は減少するため θ(t′)=2π−RVt′ (t′ は経路3における経過時間)。移動時間は T3=2VπR。
Δα3=−∫0T3ωcos(2π−RVt′)dt′=−∫0T3ωsin(RVt′)dt′ =VωR[cos(RVt′)]02VπR=VωR(0−1)=−VωRこれらを足し合わせると、局所基底に対する総回転角 Δα は以下のようになります。
Δα=Δα1+Δα2+Δα3=−V2ωR5. 幾何学的位相の評価と最終的な回転角
求めた Δα は「帰還時の北極における局所基底 e^θ(ϕ0)」を基準とした角度です。しかし問題で問われているのは、「地表(惑星)に固定された経度 0∘ の子午線」を基準とした回転角 ΔΘ です。
ここで、北極点(θ=0)という特異点における基底の不連続性に注意する必要があります。 出発時の基準となる南向きベクトルは e^θ(ϕ=0) です。 一方、帰還時の局所基底における南向きベクトルは e^θ(ϕ=ϕ0) です。 惑星を北極の真上から見下ろす平面で考えると、経度 ϕ0 の方向へ向かうベクトルは、経度 0∘ の方向へ向かうベクトルに対して、反時計回りに角度 ϕ0 だけ回転しています。 したがって、帰還した振り子の、経度 0∘ の子午線に対する回転角 ΔΘ は、局所基底の回転分 ϕ0 と、その基底に対する振り子の回転分 Δα の和になります。
ΔΘ=ϕ0+Δα=ϕ0−V2ωR(※ ガウス・ボネの定理におけるホロノミー角 ϕ0 と動的位相 −V2ωR が美しく分離して現れています)
6. 数値計算
制約として与えられた数値を代入します。
R=π24×106 m,ω=16π×10−4 rad/s,V=50 m/s,ϕ0=65π radまず、動的位相の項を計算します。
V2ωR=502×(16π×10−4)×(π24×106) =502×1624×102=502×23×100=50300=6 radしたがって、最終的な回転角 ΔΘ は
ΔΘ=65π−6 [rad]となります。 これは ΔΘ=BAπ−C の形をしており、 A=5,B=6,C=6 であることがわかります(A,B は互いに素)。
よって、求める値は
A×B×C=5×6×6=180