問題文
トムソンの実験と厳密な軌道幾何学
問題文
3次元直交座標系 (x,y,z) の空間において、初速を持たない電子(質量 m、電荷 −e、e>0)を電位差 V で加速し、原点 (0,0,0) から +x 方向へ初速 v0 で入射させる実験を行う。重力の影響および相対論的効果は無視できるものとする。
ステップ1:速度の選択
領域 0≤x≤L に、一様な電場 E=(0,E0,0) と一様な磁場 B=(0,0,B0) を同時に印加したところ、入射した電子は一切偏向されず、x 軸上を直進した。
ステップ2:磁場による偏向
次に、電場のみを切り(E=0)、磁場 B はそのままにした状態で、同じ初速 v0 の電子を原点から入射させた。電子は領域 0≤x≤L で磁場からローレンツ力を受けて xy 平面内を曲線軌道を描いて進み、座標 x=L の面から磁場領域を脱出した。
ステップ3:無磁場空間の飛行
領域 x>L は電場も磁場も存在しないドリフト空間である。磁場領域を脱出した電子は直進し、x=L+D に置かれた yz 平面に平行な蛍光スクリーンに到達した。
このとき、スクリーン上での電子の到達点の y 座標を変位 Y として観測した。
実験装置は厳密に調整されており、ドリフト空間の長さは D=3L である。
また、スクリーン上で観測された変位を測定したところ、厳密に Y=(3−3)L であった。
この結果から、電子の比電荷 e/m を求めよ。
ただし、微小角近似(sinθ≈θ や y≈L2/(2R) など)は一切用いず、厳密な幾何学的関係から導出すること。
制約
各物理量には以下の厳密な数値が設定されている。
- 一様電場の強さ: E0=1.76×104 V/m
- 一様磁場の磁束密度: B0=1.0×10−3 T
- 磁場領域の長さ: L=5.0×10−2 m
入力形式
電子の比電荷 e/m は、ある実数 A を用いて A×1011 C/kg の形で表される。
A の値を100倍した自然数を回答せよ。
本問は、典型的なトムソンの比電荷測定実験を題材としながらも、高校物理で慣例的に行われる「微小角近似」を排除し、厳密な軌道の幾何学から比電荷を逆算する高度な解析を要求します。
1. 速度選択器の条件(ステップ1)
電子の速度ベクトルは v=(v0,0,0) です。
電場 E=(0,E0,0) から受ける静電気力 FE は、電荷が −e であるため、
FE=−eE=(0,−eE0,0)
となり、−y 方向へ働きます。
一方、磁場 B=(0,0,B0) から受けるローレンツ力 FB は、
FB=−e(v×B)=−e(v0i^×B0k^)=(0,ev0B0,0)
となり、+y 方向へ働きます。
電子が直進するためには、これら y 方向の力が釣り合う必要があります。
−eE0+ev0B0=0⟹v0=B0E0
2. 磁場中の厳密な軌道解析(ステップ2)
電場を切ると、電子は +y 方向のローレンツ力のみを受け、等速円運動を行います。
その軌道半径を R とすると、運動方程式より
mRv02=ev0B0⟹R=eB0mv0
原点 (0,0) から +x 方向に打ち出され、+y 方向に曲がるため、円軌道の中心は (0,R) になります。軌道の方程式は、
x2+(y−R)2=R2
x=L で磁場領域を脱出するときの y 座標を y1 とします。y1<R であるため、
y1=R−R2−L2
また、脱出時の速度ベクトルが x 軸となす角を θ とします。幾何学的関係(または微分)から、
sinθ=RL,cosθ=RR2−L2
これを用いると、変位 y1 は次のように美しく表現できます。
y1=R−Rcosθ=R(1−cosθ)
3. ドリフト空間と厳密な幾何学的恒等式(ステップ3)
脱出後、電子は x 軸に対して角度 θ を保ったまま、水平距離 D のドリフト空間を直進します。この区間での y 方向の変位 y2 は、
y2=Dtanθ
スクリーン上での全変位 Y は Y=y1+y2 です。
ここで、R=sinθL であることを利用し、y1 を L と θ のみで表します。
y1=sinθL(1−cosθ)
三角関数の半角の公式(sinθ=2sin2θcos2θ および 1−cosθ=2sin22θ)を適用すると、
y1=2sin(θ/2)cos(θ/2)L⋅2sin2(θ/2)=Ltan2θ
すなわち、円弧による変位は厳密に Ltan(θ/2) となります。したがって全変位は、
Y=Ltan2θ+Dtanθ
4. 角度 θ の一意な決定
問題の条件より、D=3L、Y=(3−3)L です。これを上の式に代入します。
(3−3)L=Ltan2θ+3Ltanθ
tan2θ+3tanθ=3−3
この方程式を満たす θ を探します。θ は物理的に 0<θ<π/2 の範囲にあります。
区間 (0,π/2) において、tan(θ/2) も tanθ も単調増加関数であるため、左辺は θ について単調増加関数となります。したがって、実数解が存在すればそれは**一意(ただ一つ)**に定まります。
ここで、係数に 3 が含まれていることから有名角を予想します。θ=30∘(すなわち π/6)を代入して確認してみます。
tan30∘=31,tan15∘=2−3
左辺に代入すると、
(2−3)+3(31)=2−3+1=3−3
見事に右辺と一致しました。単調増加性より、解は θ=30∘ のみであることが証明されました。
5. 比電荷の算出
θ=30∘ より、
sin30∘=21⟹RL=21⟹R=2L
先述の通り、R=eB0mv0 および v0=B0E0 なので、
R=eB02mE0⟹me=RB02E0=2LB02E0
制約の数値を代入します。
E0=1.76×104
2LB02=2×(5.0×10−2)×(1.0×10−3)2=0.1×10−6=10−7
よって、
me=10−71.76×104=1.76×1011 C/kg
6. 最終解答
比電荷は 1.76×1011 C/kg と求まりました。
A=1.76 であり、これを100倍した値が最終的な回答となります。
答え: 176