GSO002 問題7
問題文
MEMSアクチュエータにおけるプルイン現象の解析
問題文
微小電気機械システム(MEMS)において、静電気力を利用して可動部を制御する静電アクチュエータは広く応用されています。このシステムに潜む物理的な不安定性(プルイン現象)について考察しましょう。
水平に固定された面積 S の下部極板と、その真上にばね定数 k の絶縁性の軽いばねで吊るされた面積 S、質量 m の上部極板(可動極板)があります。この2つの極板は、向かい合って平行平板コンデンサーを形成しています。極板間の空間は真空であり、真空の誘電率を ε0 とします。なお、極板の端効果は無視できるものとします。
初期状態において、極板間に電圧は印加されておらず、重力とばねの弾性力がつりあった状態で可動極板は静止しています。このときの極板間距離は d であり、コンデンサーの静電容量は C0 でした。
この状態から、極板間に直流電源を接続し、印加する電圧 V を 0 からゆっくりと(極板が振動しないように、常に力のつりあいを保ちながら)増加させていきます。電圧を上げていくと極板間距離は減少していきますが、電圧 V がある臨界値 V0 を超えた瞬間に、ばねの復元力では静電気力を支えきれなくなり、可動極板は下部極板に引き寄せられて激しく吸着してしまいます。この現象を「プルイン現象(Pull-in effect)」、臨界電圧 V0 を「プルイン電圧」と呼びます。
プルイン電圧の2乗の値 V02 を求めてください。
制約
- ばね定数: k=1.35 N/m
- 初期極板間距離: d=6.4×10−6 m
- 初期静電容量: C0=2.4×10−12 F
- 質量: m=2.0×10−6 kg
- 重力加速度の大きさ: g=9.8 m/s2
- 全ての物理量はSI単位系に基づき、物理的に矛盾のない理想的な真空環境下にあるものとする。
入力形式
求めるプルイン電圧の2乗の値 V02(単位は V2)は、既約分数 BA で表されます。 A+B の値を自然数で解答してください。
解説
この問題は、コンデンサーの極板間引力とばねの弾性力のつりあいを考え、そのつりあいが破綻する限界条件(数学的な極値、あるいは物理的なポテンシャルの不安定化)を導出する、大学入試の難関大でも頻出かつ非常に教育的なテーマです。
1. 極板間引力と力のつりあい
極板間に電圧 V が印加され、極板間距離が x (ただし 0<x<d)でつりあっている状態を考えます。 初期状態(電圧0)で重力とばねの弾性力はすでにつりあっているため、以降の立式では重力と初期のばねの伸びを相殺して考え、**「極板間距離 d を自然長とするばね」**として扱うことができます。 距離 x におけるコンデンサーの静電容量 C は、
C=xε0S極板間引力 Fe の大きさは、定電圧源に接続されている状態での仮想仕事の原理(またはエネルギー収支)から導出されます。公式として以下の形を用います。
Fe=21x2ε0SV2この静電気力が下向きにはたらき、ばねの復元力 Fk=k(d−x) が上向きにはたらくため、力のつりあいの方程式は次のようになります。
k(d−x)=21x2ε0SV22. つりあいが存在するための限界条件
つりあいの式を、電圧 V2 について解きます。
V2=ε0S2kx2(d−x)極板間距離 x が変化したとき、右辺の関数 f(x)=x2(d−x) が最大となる点を考えます。もし要求される V2 がこの最大値を超えてしまうと、方程式を満たす実数解 x が存在しなくなり、つりあいが崩壊(吸着)します。 f(x) を x について微分します。
f′(x)=2x(d−x)+x2(−1)=2dx−3x2=x(2d−3x)0<x<d の範囲において、f′(x)=0 となるのは x=32d のときです。 増減表を考えると、このとき f(x) は最大値をとります。
f(32d)=(32d)2(d−32d)=94d2⋅31d=274d3したがって、つりあいが保てる限界の電圧の2乗(プルイン電圧の2乗) V02 は以下のようになります。
V02=ε0S2k⋅274d3=27ε0S8kd33. ポテンシャルエネルギーからのアプローチ(別解)
系の全ポテンシャルエネルギー U(x) から安定性を評価することも可能です。 弾性エネルギー、静電エネルギー、および定電圧源がする仕事を考慮すると、
U(x)=21k(d−x)2−21CV2=21k(d−x)2−2xε0SV2つりあい点は dxdU=0 となる位置ですが、これが「安定なつりあい」であるためには下に凸、すなわち dx2d2U>0 である必要があります。
dxdU=−k(d−x)+2x2ε0SV2=0 dx2d2U=k−x3ε0SV2dxdU=0 より ε0SV2=2k(d−x)x2 を代入すると、
dx2d2U=k−x32k(d−x)x2=k−x2k(d−x)=xk(3x−2d)これが正となる条件は 3x−2d>0、すなわち x>32d です。 距離が d から減少し、x=32d に達した瞬間に安定性が失われ(極値を持たなくなり)、極板は吸着します。このアプローチからも、限界となる距離が全く同じように導出されます。
4. プルイン電圧の算出
得られた限界電圧の式を変形します。問題で与えられているのは初期静電容量 C0 です。
C0=dε0S⟺ε0S=C0dこれを代入すると、
V02=27(C0d)8kd3=27C08kd2与えられた制約の数値を代入して計算します。
- k=1.35
- d=6.4×10−6
- C0=2.4×10−12
ここで、10.8×6=64.8 であることに着目すると、綺麗に約分ができます。
V02=640.96=6004096この分数を既約分数に直すため、分子と分母を最大公約数(8)で割ります。
- 分子: 4096÷8=512
- 分母: 600÷8=75
これ以上約分できないため(512=29、 75=3×52より互いに素)、既約分数は 75512 となります。 したがって、A=512,B=75 となり、求める値は
A+B=512+75=587となります。
最終解答: 587