問題文
スピン $S=2$ 系の非軸対称結晶場における永年方程式と固有値の積
問題文
スピン量子数 S=2 の量子力学的な系において、非軸対称な結晶場中に置かれたスピンのハミルトニアン H は、次のように与えられる。
H=DS^z2+E(S^x2−S^y2)
ここで、S^x,S^y,S^z はスピン S=2 に対する角運動量演算子(プランク定数 ℏ=1 の単位系を採用する)であり、D,E は正の定数である。
このハミルトニアンを、S^z の固有状態 ∣m⟩ (m=2,1,0,−1,−2) を基底とする 5×5 のエルミート行列として表現する。
この系のエネルギー固有値を決定する方程式(永年方程式)は、単位行列を I として
det(λI−H)=0
で与えられ、重複を含めて5つの固有値 λ1,λ2,λ3,λ4,λ5 を持つ。
定数 D,E が制約で与えられる値をとるとき、これら5つの固有値の総乗 ∏i=15λi を求めよ。
制約
- 軸対称分裂パラメータ: D=1
- 非軸対称(斜方晶)分裂パラメータ: E=4
- D,E および固有値 λ は無次元化された値として扱う。
入力形式
固有値の総乗 λ1λ2λ3λ4λ5 の値を自然数で回答せよ。
「固有多項式(永年方程式)の性質」と、量子力学における「角運動量演算子の行列表現と対称性」を融合させた物理数学の問題です。
5次方程式の解をすべて直接求めることも可能ですが、行列のブロック対角化と行列式の性質(解と係数の関係)を用いることで、極めてエレガントに計算を完遂することができます。
1. 角運動量演算子の昇降演算子による表現
まず、S^x,S^y を昇降演算子 S^+,S^− で表現します。
S^x=21(S^++S^−),S^y=2i1(S^+−S^−)
問題のハミルトニアンに含まれる S^x2−S^y2 を計算します。
S^x2−S^y2=41(S^++S^−)2−−41(S^+−S^−)2
展開して整理すると、クロス項が消去され以下の美しい形になります。
S^x2−S^y2=21(S^+2+S^−2)
昇降演算子が基底 ∣m⟩ に作用したときの結果は、以下の公式で与えられます。
S^±∣m⟩=S(S+1)−m(m±1)∣m±1⟩
2. ハミルトニアンの行列要素の計算
S=2 の場合、S(S+1)=6 です。各 m について S^+2 の作用を計算します。
- S^+∣−2⟩=6−(−2)(−1)∣−1⟩=2∣−1⟩
S^+2∣−2⟩=S^+(2∣−1⟩)=26−(−1)(0)∣0⟩=26∣0⟩
- S^+∣−1⟩=6∣0⟩
S^+2∣−1⟩=66−0(1)∣1⟩=6∣1⟩
- S^+∣0⟩=6∣1⟩
S^+2∣0⟩=66−1(2)∣2⟩=26∣2⟩
S^−2 はこのエルミート共役(作用を逆戻りさせる)になります。
対角成分は DS^z2 によるものであり、m2D となります。
したがって、基底を (∣2⟩,∣1⟩,∣0⟩,∣−1⟩,∣−2⟩)T の順に並べたとき、ハミルトニアン H の行列表現は次のようになります。
H=4D06E000D03E06E0006E03E0D0006E04D
3. ブロック対角化と対称性の利用
行列を見ると、偶数の m (2,0,−2) の状態と、奇数の m (1,−1) の状態は完全に分離(非結合)していることがわかります。行と列を入れ替えてブロック対角化します。
【部分空間1:奇数 m のブロック H1】
基底 (∣1⟩,∣−1⟩)T での小行列は以下の通りです。
H1=(D3E3ED)
【部分空間2:偶数 m のブロック H2】
基底 (∣2⟩,∣0⟩,∣−2⟩)T での小行列は以下の通りです。
H2=4D6E06E06E06E4D
4. 固有値の積(行列式への帰着)
永年方程式 det(λI−H)=0 の5つの解 λ1,…,λ5 の積は、代数学における「解と係数の関係」より、定数項(λ=0 のときの値の (−1)5 倍)すなわち 行列式 det(H) に等しい ことが知られています。
i=1∏5λi=det(H)=det(H1)×det(H2)
固有値を個別に求める必要はなく、行列式の計算に持ち込むのが最速かつスマートです。
H1 の行列式:
det(H1)=D⋅D−(3E)(3E)=D2−9E2
H2 の行列式(余因子展開):
det(H2)=4D(0−6E2)−6E(6E⋅4D−0)+0=−24DE2−24DE2=−48DE2
よって、求める固有値の総乗は次のように求まります。
i=1∏5λi=(D2−9E2)(−48DE2)=48DE2(9E2−D2)
5. 数値の代入
制約より D=1,E=4 を代入します。
i=1∏5λi=48⋅1⋅42⋅(9⋅42−12)
=48⋅16⋅(144−1)
=768⋅143
=109824
(※参考:実際に5つの固有値を計算すると、対称性を利用して 16,13,4,−11,−12 と全て整数になるように D,E が設定されています。これら5つの積を計算しても 109824 となります。)
答えは 109824 となります。