GSO002 問題14
問題文
希薄気体中を運動する平板が受ける抵抗力
問題文
宇宙空間などの極めて真空に近い環境を運動する人工衛星や、希薄気体中を落下する微小な塵が受ける空気抵抗は、日常的な流体力学ではなく、気体分子運動論に基づくミクロな衝突の積み重ねとして理解されます。本問では、この抵抗力を分子レベルの衝突から厳密に導出します。
質量 m の単原子分子からなる数密度 n の希薄な気体を考えます。この気体中の分子は互いに衝突することなく、空間に対してすべて等しい速さ v0 で運動しており、その運動方向は空間的に完全に等方的(どの方向にも偏りなく飛んでいる)であるとします。重力などの外力は無視できるものとします。
この気体の中を、断面積 S の薄い平板が、その面に垂直な方向(z 軸の正の方向とします)に一定の速度 V で運動しています。ただし、V は 0<V<v0 を満たすとします。 気体分子は平板と完全に弾性衝突をするものとして、平板が受ける進行方向と逆向きの抵抗力 F を導出してください。
平板の進行方向を向く面を「前面」、逆を向く面を「後面」と呼びます。 解析にあたり、分子の速度ベクトルと z 軸正の方向とのなす角を θ (0≤θ≤π)、xy 平面への射影と x 軸とのなす角を ϕ (0≤ϕ<2π)とする球座標系を用います。
※必要であれば、等方的な速度分布において、微小な立体角 dΩ=sinθdθdϕ の方向に向かって飛ぶ分子の割合が 4πdΩ であることを利用してください。
制約
- 気体分子の質量: m=5.0×10−26 kg
- 気体の数密度: n=6.0×1020 m−3
- 気体分子の速さ: v0=400 m/s
- 平板の速度: V=100 m/s
- 平板の断面積: S=2.0 m2
入力形式
平板が気体分子から受ける正味の抵抗力 F の大きさを単位 N (ニュートン)で求め、得られた値を 10倍した値の自然数 を回答せよ。
解説
本問は、気体分子運動論の応用として、動く物体が受ける抵抗力をミクロな視点から積分を用いて厳密に導出する、東京大学などの難関大二次試験で出題されうる最高難度のテーマです。
平板が受ける抵抗力は、平板の「前面」が受ける圧力 Pf と、「後面」が受ける圧力 Pb の差から生じます。それぞれについて、分子と平板の相対速度を考慮して単位時間あたりの衝突回数と力積を計算します。
1. 前面が受ける圧力 Pf の導出
まず、平板に乗った観測者の視点(平板とともに速度 V で動く系)で考えます。 空間に対して速度ベクトル v=(v0sinθcosϕ,v0sinθsinϕ,v0cosθ) を持つ分子の、平板に対する相対速度 vrel は、平板の速度 V=(0,0,V) を引いて、
vrel=(v0sinθcosϕ, v0sinθsinϕ, v0cosθ−V)となります。
分子が平板の「前面(z軸正の方向を向いている面)」に衝突するための条件は、相対速度の z 成分が負であること、すなわち平板に向かってくることです。
v0cosθ−V<0⟺cosθ<v0Vこのとき、相対的な接近の速さは ∣vrel,z∣=V−v0cosθ です。
速度の方向が (θ,θ+dθ) および (ϕ,ϕ+dϕ) の範囲にある分子の数密度 dn は、等方性より全立体角 4π に対する割合として次のように表されます。
dn=n4πsinθdθdϕ平板の面積 S の部分に、微小時間 Δt の間に衝突するこれらの分子が占める体積は S⋅∣vrel,z∣Δt です。したがって、単位時間・単位面積あたりに前面に衝突する分子の数 dNf は、
dNf=dn⋅∣vrel,z∣=4πnsinθdθdϕ(V−v0cosθ)となります。
弾性衝突により、相対速度の z 成分は反転するため、1個の分子の運動量変化の大きさは 2m(V−v0cosθ) です。これは、平板が1個の分子から受ける力積に等しいです。 したがって、この微小な角度範囲の分子群が前面に及ぼす圧力(単位面積・単位時間あたりの力積)dPf は、
dPf=2m(V−v0cosθ)⋅dNf=2m4πnsinθ(V−v0cosθ)2dθdϕこれを全ての衝突可能な角度について積分します。cosθ0=V/v0 とすると、積分範囲は ϕ については 0→2π、θ については θ0→π です。
Pf=∫02πdϕ∫θ0πdθ2πnmsinθ(V−v0cosθ)2ϕ の積分を実行すると 2π が掛かり、
Pf=nm∫θ0πsinθ(V−v0cosθ)2dθここで、u=cosθ と置換積分します。du=−sinθdθ であり、積分範囲は V/v0→−1 となります。
Pf=nm∫−1V/v0(V−v0u)2du=nm[3v0−1(V−v0u)3]−1V/v0上限を代入すると (V−V)3=0 となり、下限を代入すると、
Pf=nm(0−3v0−1(V+v0)3)=3v0nm(v0+V)32. 後面が受ける圧力 Pb の導出
同様に、後面(z軸負の方向を向いている面)について考えます。 分子が後面に衝突してくる条件は、分子が平板に後ろから追いつくことなので、相対速度の z 成分が正であることです。
v0cosθ−V>0⟺cosθ>v0V接近の速さは v0cosθ−V となり、1回の衝突による力積は 2m(v0cosθ−V) です。 積分範囲は θ について 0→θ0 となります。
Pb=nm∫0θ0sinθ(v0cosθ−V)2dθ先程と同様に u=cosθ と置くと、積分範囲は 1→V/v0 となります。(マイナスを打ち消して範囲を反転させます)
Pb=nm∫V/v01(v0u−V)2du=nm[3v01(v0u−V)3]V/v01=3v0nm(v0−V)33. 正味の抵抗力 F の計算
平板が受ける正味の抵抗力 F は、前後の圧力差に断面積 S を掛けたものです。
F=S(Pf−Pb)=S3v0nm[(v0+V)3−(v0−V)3]カッコ内を展開して整理します。
(v03+3v02V+3v0V2+V3)−(v03−3v02V+3v0V2−V3)=6v02V+2V3したがって、
F=S3v0nm(6v02V+2V3)=2nmSv0V(1+31(v0V)2)これが厳密な抵抗力の表式です。(なお、V≪v0 の極限では F≈2nmSv0V となり、速度 V に比例する空気抵抗が得られます)
4. 数値の代入
与えられた制約の数値を代入します。
- m=5.0×10−26 kg
- n=6.0×1020 m−3
- ⟹nm=30×10−6=3.0×10−5 kg/m3
- v0=400 m/s
- V=100 m/s
- S=2.0 m2
まずは前後の圧力 Pf,Pb を計算して差分をとる方法で計算してみましょう。
Pf=3×4003.0×10−5(400+100)3=40010−5×(500)3=4×1071×1.25×108=412.5=3.125 Pa Pb=3×4003.0×10−5(400−100)3=40010−5×(300)3=4×1071×2.7×107=42.7=0.675 Pa圧力差 ΔP は、
ΔP=Pf−Pb=3.125−0.675=2.45 Paしたがって、抵抗力 F は、
F=S×ΔP=2.0×2.45=4.9 N求める解答は「F の値を10倍した自然数」であるため、
4.9×10=49となります。
最終解答: 49