GPO001 問題4
問題文
若き天文学者の数式と、遥か巨星から届いた漆黒の吸収線(物理文学)
問題文
初冬の澄み切った夜空に、ひときわ赤く不気味な輝きを放つ超巨星「赫耀(かくよう)」。その星は今、寿命の終わりに近づき、明滅を繰り返しながら宇宙の彼方で静かに佇んでいた。
山頂に建つ国立天文台の薄暗い観測室で、大学院生の青年・数馬(かずま)は、大型望遠鏡に接続された高解像度分光器のモニターを凝視していた。彼の研究テーマは、星の周囲を包む希薄な水素ガス星雲が放つ、あるいは吸収する特異な光のスペクトル分析であった。
「……星から放たれた連続光が、周囲の冷たい水素ガスを通過するとき、特定の波長の光だけが原子に吸収される。その結果、七色の虹のようなスペクトルの中に、何本もの鋭い黒い線――すなわち『吸収線(フラウンホーファー線)』が刻まれるんだ」
数馬は、コーヒーの温もりで冷えた指先を温めながら、ノートを開いた。画面に映し出されているのは、量子力学の黎明期にニールス・ボーアが提唱した「水素原子の量子モデル(ボーアの原子模型)」によって、見事に説明される離散的なエネルギーの世界の縮図であった。
数馬は、宇宙で最も単純な構造を持つ水素原子に注目した。 中心にある正の電荷を持った1個の原子核(陽子)の周りを、負の電荷を持った質量 m の1個の電子が、静電気力(クーロン力)を向心力として円運動している。量子力学の規則によると、この電子はどんな半径の軌道でも自由に回れるわけではなく、電子の物質波(ドブロイ波)が軌道上で過不足なくつながって定在波を作るという「量子化条件」を満たす特定の軌道(定常状態)にしか存在できない。
主量子数を n ( n=1,2,3,… の自然数)としたとき、それぞれの定常状態にある電子が持つ全エネルギー(運動エネルギーと静電気力による位置エネルギーの和) En は、次のような離散的な値として一意に決定される。
En=−n2E0
ここで E0 は、水素原子の基底状態(最もエネルギーが低い、安定した n=1 の状態)におけるエネルギーの絶対値を表す、正の一定な定数(リュードベリ・エネルギーに対応する量)である。主量子数 n が大きくなるほど、エネルギー準位 En は 0 に近づいて高くなっていき、電子は原子核からより離れた外側の軌道を回るようになる。
数馬がモニターで見つめていたのは、この水素原子が光(光子)を吸収して、低いエネルギー準位から高いエネルギー準位へとジャンプする「励起(れいき)」の瞬間であった。 量子力学の基本原理(アインシュタインの光量子仮説およびボーアの頻度条件)によると、光子はそれぞれ振動数 ν に比例したエネルギー E=hν を持っている。ここで h はプランク定数である。 原子の中の電子が、ある低いエネルギー準位 Ei の状態から、より高いエネルギー準位 Ef の状態へと遷移するとき、そのエネルギーの差分 ΔE=Ef−Ei と完全に一致するエネルギーを持った1個の光子だけを選択的に吸収する。すなわち、以下の関係式が厳密に成立する。
hν=Ef−Ei=(−f2E0)−(−i2E0)=E0(i21−f21)
数馬の観測台帳には、今回のターゲットである水素原子の特定の遷移データが記されていた。 「星雲内の水素原子の電子は、最初、下から2番目にエネルギーが低い状態、すなわち主量子数が i=2 の定常状態に置かれていた。そこに赫耀からの光波が差し込んだ瞬間、電子は特定の振動数 ν1 の光子を1個だけ吸収し、主量子数が f=4 の高い定常状態へと瞬時に遷移した」
数馬は、この吸光現象によって分光器のスクリーン上に刻まれた、マゼンタ色の領域に浮かぶ一本の明瞭な吸収線を見つめた。 彼は、この遷移を引き起こした光子のエネルギー Ephoton=hν1 が、基底状態のエネルギーの基準値である E0 の何倍の大きさにあたるのか、という点に知的な興味を抱いた。彼は、光子のエネルギーと定数 E0 の比を表す無次元量 X=E0hν1 を定義し、手元に揃った純粋な量子数の組み合わせから、その値を正確に導き出そうとした。
ドームの隙間から吹き込む夜風が、天体望遠鏡の巨体を静かに揺らしている。数馬は暗がりのなかで鉛筆を走らせ、ミクロな原子の内部で起きた電子の跳躍と、遥か何光年もの空間を旅してきた光子との間で交わされた、冷徹なエネルギーの対話をノートの上に確固たる数理として描き出していった。
さて、ここで問題である。主量子数 i=2 の状態にある水素原子の電子が、1個の光子を吸収して主量子数 f=4 の状態へと遷移した。このとき、吸収された光子のエネルギー hν1 と、定数 E0 の比を表す無次元量 X=E0hν1 を求めよ。ただし、求めるべき解答は、この無次元量 X の値をそのまま答えるのではなく、後述の【入力形式】に従って算出される純粋な自然数である。文章中に提示されたすべての量子論的な前提条件を正しく整理し、一意に定まる正解を導き出せ。
制約
- 基底状態における水素原子のエネルギー定数:E0=2.18×10−18J
- プランク定数:h=6.63×10−34J⋅s
- 電子の初期の主量子数:i=2
- 電子の遷移後の主量子数:f=4
入力形式
計算によって得られた、光子エネルギーの比率を表す無次元比 X=E0hν1 は既約分数 qp ( p,q は互いに素な自然数)として表すことができる。 このとき、値 W=p×q×16000 を計算し、得られる1000以上100万未満の自然数を答えよ。
解説
解説
物理設定の整理と法則の適用
本問題は、ボーアの原子模型における水素原子のエネルギー準位の遷移と、光量子仮説に関する基礎的な量子力学の問題です。高校物理(難易度3)の原子分野における最も基本的な関係式である「エネルギー準位の式」および「ボーアの頻度条件(エネルギー保存則)」を組み合わせることで、複雑な数値を直接こねくり回すことなく、分数計算のみで明快に解を導くことができます。
与えられている物理的な条件は以下の通りです。
- 各定常状態におけるエネルギー: En=−n2E0
- 遷移前の主量子数(初期状態): i=2
- 遷移後の主量子数(終状態): f=4
光子のエネルギーと比率 X の立式
電子が主量子数 i=2 の状態から f=4 の状態へと励起するとき、吸収する光子のエネルギー hν1 は、変化前後の原子のエネルギー準位の差に等しくなります。この関係式(頻度条件)は以下のように立てられます。
hν1=E4−E2
ここに、それぞれの量子数に対応するエネルギーの定義式を代入します。
hν1=(−42E0)−(−22E0)
負の符号に注意して式を展開し、共通因数である定数 E0 で括り出します。
hν1=−16E0+4E0=E0(41−161)
問題文で要求されている無次元量は、吸収された光子のエネルギー hν1 と、基底状態の定数 E0 との比 X=E0hν1 です。上記の式を X について変形します。
X=E0hν1=41−161
この結果から、求めるエネルギーの比率 X は、プランク定数 h やエネルギーの具体値 E0 といった煩雑な物理定数の値には一切依存せず、遷移に関与した「主量子数の二乗の逆数差」という純粋な数理的構造だけで決定されることが分かります。
分数の計算と既約分数の算出
得られた分数の差の式を通分して、一つの分数にまとめます。共通の分母を 16 として計算を行います。
X=164−161=164−1=163
分子の 3 は素数であり、分母の 16=24 は 3 を因数に持ちません。したがって、 163 はこれ以上約分することができない「既約分数」です。
入力形式への適合
得られた既約分数 X=163 より、互いに素な自然数 p,q は以下のように一意に決定されます。
- p=3
- q=16
入力形式で指定された数式に従い、最終的な自然数 W を計算します。
W=p×q×16000=3×16×16000
まず、 3×16 を計算します。
3×16=48
次に、この値に 16000 を掛け合わせます。
W=48×16000=768000
この算出された数値 768000 (76万8000)は、10の位まで正確に定まった、1000以上100万未満の指定範囲に正しく収まる自然数です。
最終に入力すべき自然数は 768000 です。